
2009年06月27日
オリジナル技法開発秘話(1)
先ずは本に書いてある方法を忠実にやってみました。
失敗を繰り返しながらもなんとなく焼き物らしいものは出来るようになりました。
でも販売させていただくには程遠い出来です。
数年たったある時、一つの作品の中に、それまでは見逃していた現象を発見。
上絵(本焼きをした後に絵の具で絵付けをすること)をした上に金で線を施した際に、一箇所だけ線が切れた部分があり普通に考えると失敗作です。
しかし、このときふとひらめいたのが「線で切れているのだから、面でも切れる(割れる)のでは・・・」
これからが、楽しい苦労の始まりです。(^_^)

失敗から生まれたオリジナル技法の「金彩貫入」です。
ネーミングは私がつけたものです。
失敗を繰り返しながらもなんとなく焼き物らしいものは出来るようになりました。
でも販売させていただくには程遠い出来です。
数年たったある時、一つの作品の中に、それまでは見逃していた現象を発見。
上絵(本焼きをした後に絵の具で絵付けをすること)をした上に金で線を施した際に、一箇所だけ線が切れた部分があり普通に考えると失敗作です。
しかし、このときふとひらめいたのが「線で切れているのだから、面でも切れる(割れる)のでは・・・」
これからが、楽しい苦労の始まりです。(^_^)

失敗から生まれたオリジナル技法の「金彩貫入」です。
ネーミングは私がつけたものです。
2009年06月28日
オリジナル技法開発秘話(2)
先ずは金線を何百本と描き焼いて、切れる現象が出る条件を探しました。
条件を絞りながら切れる確立を高くしていきます。
それから、線を面にして同じ方法で、データを取りながら割れる条件を探していくという繰り返しです。
焼いても焼いても、うまく行ったり行かなかったり・・・・
作品として販売するには、単に偶然の作品ではだめです。
3年くらい繰り返していると、やっとかなり自分が狙ったように貫入(割れ)が入るようになってきました。
条件を絞りながら切れる確立を高くしていきます。
それから、線を面にして同じ方法で、データを取りながら割れる条件を探していくという繰り返しです。
焼いても焼いても、うまく行ったり行かなかったり・・・・
作品として販売するには、単に偶然の作品ではだめです。
3年くらい繰り返していると、やっとかなり自分が狙ったように貫入(割れ)が入るようになってきました。
2009年06月29日
オリジナル技法開発秘話(3)
そのころ、先ずはお客様に見て頂こうと、選りに選った玉をネックレスにして、ショールームにおいてみました。まだ御代をいただくには申し訳なかったので値段は付けずに。
ある日、御ひいきのお客様がそのネックレスに目が留まり「これおもしろいね、いくらするの?」と。
実は、「こうこう・・・で・・・」と今開発中ということを説明し、ご意見だけを伺いたいと言ったところ、いたく気に入って頂き「あなたが売れると思うようになったら買うから、作ってください」と、なんといきなり注文を頂きました。
それから3~4ヵ月後完成しお客様にお渡ししました。
これが、金彩貫入のデビューです。
しかし、このデビューにはおまけが付きました。
ある日、御ひいきのお客様がそのネックレスに目が留まり「これおもしろいね、いくらするの?」と。
実は、「こうこう・・・で・・・」と今開発中ということを説明し、ご意見だけを伺いたいと言ったところ、いたく気に入って頂き「あなたが売れると思うようになったら買うから、作ってください」と、なんといきなり注文を頂きました。
それから3~4ヵ月後完成しお客様にお渡ししました。
これが、金彩貫入のデビューです。
しかし、このデビューにはおまけが付きました。
2009年06月30日
オリジナル技法開発秘話(4)
お客様にお渡しして2週間ほどたったころ、夜の12時近くに突然電話がかかり。
「立川さんありがとうありがとう」とお客様の声です。
電話にしては非常識な時間でしたので、冷静に「どうしたんですか」と。
「それがね、この間買ったネックレスを東京の友人にプレゼントしていたら、今電話があって『頂いたネックレス 今日パーティーにしていったら、みんなの注目を浴びてすごく嬉しかった』と言うのよ。私も嬉しくなって、夜中に悪いと思ったけど、立川さんも喜ぶと思って」となんだか自分のことのように興奮気味でした。
ありがたかったです。私もその夜は興奮気味でなかなか寝付けませんでした。
それから私も金彩貫入の作品に自信が持てるようになり、いっそう研究を重ねていき、ありがたいことに有力作品になりました。

これは全部失敗作品です。
いまだに気に入らないものが沢山でます。
「立川さんありがとうありがとう」とお客様の声です。
電話にしては非常識な時間でしたので、冷静に「どうしたんですか」と。
「それがね、この間買ったネックレスを東京の友人にプレゼントしていたら、今電話があって『頂いたネックレス 今日パーティーにしていったら、みんなの注目を浴びてすごく嬉しかった』と言うのよ。私も嬉しくなって、夜中に悪いと思ったけど、立川さんも喜ぶと思って」となんだか自分のことのように興奮気味でした。
ありがたかったです。私もその夜は興奮気味でなかなか寝付けませんでした。
それから私も金彩貫入の作品に自信が持てるようになり、いっそう研究を重ねていき、ありがたいことに有力作品になりました。

これは全部失敗作品です。
いまだに気に入らないものが沢山でます。
2023年08月30日
伊万里ケーブルテレビ取材 ユーチューブにアップ
先日、伊万里ケーブルテレビさんから取材を受けた動画をユーチューブにあげました。55いまり・HOTアイ「令和版窯元巡り」で放映されたものです。
実は、先に投稿したファッションブランド「光をまとう」のボタン制作の件で取材を受けていたのですが、その件に加えて私がつい「陶芸宝飾の世界創造」を熱く語ったものですから、担当の方が「立川さんこっちの方が面白いです」となって、ボタン制作はつかみの映像になりました。(^▽^)/
ご覧になっていただければわかりますが、これまで企業秘密にしてきた40年前に私が開発したオリジナルの焼成方法を明かしてます。その理由も語ってますのでよかったらご覧ください。
実は、この動画は、営利的要素が含まれている動画のためケーブルテレビさんではユーチューブにあげることはできないらしく、私が権利を取得しました。そのうえでオープニングとエンディング部分を私が継ぎ足しています。
実は、先に投稿したファッションブランド「光をまとう」のボタン制作の件で取材を受けていたのですが、その件に加えて私がつい「陶芸宝飾の世界創造」を熱く語ったものですから、担当の方が「立川さんこっちの方が面白いです」となって、ボタン制作はつかみの映像になりました。(^▽^)/
ご覧になっていただければわかりますが、これまで企業秘密にしてきた40年前に私が開発したオリジナルの焼成方法を明かしてます。その理由も語ってますのでよかったらご覧ください。
実は、この動画は、営利的要素が含まれている動画のためケーブルテレビさんではユーチューブにあげることはできないらしく、私が権利を取得しました。そのうえでオープニングとエンディング部分を私が継ぎ足しています。